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【満田研究室ブログ】

佛教大学社会学部満田久義研究室通信

夏休み休暇、ブログ休止します。

ブログ休止のお知らせ

親愛なる満田ゼミ卒業生とゼミ生諸君

9月初旬までブログを休止します。

ゼミ生諸君は新学期から心機一転、新しい挑戦に期待します!
体調管理にはくれぐれも留意し、活躍ください。

なお、自主的勉強会はワークスペースで実施してください。
4回生は徳本邸合宿で切磋琢磨しておいてほしい。
2回生、3回生専用のスペースを作成します。
いつでもどこでも、合同勉強会は可能です。
地球の裏側からでも。

4回生諸君は2回生作成のエコツアー企画書をチェック。

満田

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  1. 2010/08/18(水) 09:37:28|
  2. 緊急アピール

緊急アピール:戦没者慰霊

戦争とマラリア:戦没者慰霊(「マラリア巡礼の旅」再録) 
                     
 私が、人生最初にマラリアという言葉を知ったのは、幼少のころ戦記マンガを愛読した時だ。日本兵が南方戦線でジャングルをさ迷い敗走、勇敢な戦闘ではなく飢えとマラリアで次々と戦死?する内容だった。幼心に「不条理だ」と強烈に記憶した。

2007年8月15日、私は日本から持参した大吟醸と地元の花々を携え、ビアク島の戦没者慰霊碑を訪れた。そして、日本兵の悲惨な最期を知る「西の洞窟」を目指し駆け下りた。真っ暗な洞窟、蒸し暑さと壁天井が真っ黒に煤けた異様な雰囲気に足が竦んだ。一条の光が差し込み、1滴1滴したたる落水で出来た鍾乳像に引き寄せられた。そこに「御仏」を見た思いがし、日本兵の安らかな永眠を願い、手を合わせ大吟醸をそそいだ。

 ビアク島の日本兵の壮絶な最期は、ビアク戦記として知られる。東北の純朴な青年を紙切れ1枚で徴兵し、満州から南方戦線へ。インドネシア東端パプアのビアク島に投入。ところが戦線拡大に失敗し本部作戦ミスとかで、待てど暮らせど援軍はおろか補給すらない。海岸に船影を発見し自軍かと近づけば、地形が壊れる程の米軍艦砲射撃。逃げ惑う日本兵はジャングルへ、そして「西の洞窟」に籠城。最後はマラリアと飢餓がじわじわと敗走兵を襲う。飲料水も食料も底をつき、傷病兵はひとり、またひとりと洞窟の奥に。足手まといと自ら若き命を絶つ。パーンと鉄砲音、ドカーンと手榴弾で肉片が飛び散る。 

最後の最後の日、米軍は立てこもる洞窟に大量のガソリン缶を投げ入れ、揮発ガスが充満したところで、火を放った。焼き殺される3000余の日本兵。焼き焦がれた天井から、彼らの涙が、怨念が一滴一滴したたり落ち、御仏となる。

焼き殺された日本兵の望郷の念が一滴一滴したたり落ち、御仏となる。

夕刻迫り帰ろうとすると、地底から「帰りたい、帰りたい」との兵隊さんの呻き声が足を引っ張る。「さぞかしお母さんに会いたかろう」「苦しかろう、辛かったろう」との思いが込み上げ、両手一杯に彼らを抱える。故郷に連れて帰ろう。国の形だけの儀礼もゼネコンの立派な慰霊碑もいらない。懐かしい東北の田舎が見える鎮守の森でいいではないか。そこに彼らの望郷の念だけでも埋葬しよう。

 毎年、民間の遺骨収集団がビアク現地を訪れ、日本に彼らを持ち帰る。だが、地元パプアの人は言う。数百名以上の日本兵が、いくつもの洞窟で入り口を米軍に破壊され、鉄兜+軍服のまま生埋めになっているという。自国民をジャングルに放置したまま、愛国心、愛国教育を叫ぶ政治家や役人は何なのだろう。若者が愛することのできる責任ある国家、政治が先決ではないか。

 帰路、慰霊碑の前を通り過ぎた。パプアの人々が綺麗に掃き清め,子供たちが笑顔で駆け寄った。慰霊と感謝の意をこめて「何かビアクに貢献できないだろうか」と思う。地元民を苦しめるマラリア撲滅のための地域診療所でもよい。子供たちの学校でもよい。私の知るところでは、建設費用はそれほどかからない。絶対にあの「慰霊碑」ほどには・・・。

ビアクの日本兵の遺骨
ビアク島の日本兵の遺骨(ジャングルのそこかしこに放置されている)
ビアク英霊
ビアク戦士の御母写真

日本政府の立派な慰霊碑もよいが、鎮魂のための小さな診療所建設を祈念する。
ビアク地図

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  1. 2010/08/15(日) 08:29:37|
  2. 緊急アピール
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プロフィール

佛教大学社会学部満田研究室

Author:佛教大学社会学部満田研究室
【本ブログの休止と新ブログ『マラリア通信(仮称)』のお知らせ】
満田研究室ブログは、2009年満田教授の海外研修の時、満田ゼミ生との情報交流のために開設された海外通信ブログ。インドネシアのマラリア制圧に関する情報からエコツアー、原発、感染症パンデミックなどのホットな話題をブログ形式でお送りしてきました。
満田教授は、2009年4月から半年間のドイツ・オスナブリュック大学日本研究所とイ ンドネシア国立マタラム大学医学部での海外研修から帰国。さらに10月から3月までの京都大学大学院経済学研究科での研究員生活を終え、2010年4月からは佛教大学社会学部公共政策学科教授に復職しました。
2011年からはマラリア制圧のために、セレベス、パプア、アロール島などでマラリア医療支援活動を継続。また、エクアドルのアマゾンジャングルにある世界で最も生物多様性が高いヤスニ国立公園の自然保護活動や、ベトナム政府および国連機関とのベトナム農村での持続可能な観光に関する共同研究も実施しました。
2013年12月からセレベス島北端のバンカ島で中国企業による鉄鉱石開発からジュゴンを守る国際NPO[ジュゴン環太平洋ネットワーク]の創設準備。沖縄辺野古沖のジュゴンに関する基本情報を収集し、ジュゴン保護に関する研究を実施しました。
2019年3月、佛教大学社会学部を定年退職(同大学名誉教授)。 9月からインドネシア国立マタラム大学医学部客員教授として、ロンボク島でのマラリア撲滅のための社会貢献活動に尽力する予定です。

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